今日は私の大失敗談をシェアさせてください。
最後の方にこの2度の失敗から学びとった事、セミアからのメッセージを書きました。ちょっと長め記事なので、読むのが面倒な方は下の方へとスクロールしちゃってくださいね。
先日、商業アンケートで「将来的にミニマリストをやめる可能性はありますか?」という質問を受けました。もしその可能性があるのなら、それはどういう状況になった時?、ということを聞きたかった様です。
私の答えは調査研究の対象になる為、ちゃんと考えてから回答しました。
ですが頭の中では質問をもらった瞬間「答えはNO!」と叫んでました。
で、数秒後は「ぜったいムリ、ムリ、ムリ〜!」って10回以上は頭の中でこだましていましたね(笑。
そのくらい、前の生活には戻りたくないということです。
それくらい、今のモノが少ないシンプルな暮らしが気に入っていて、自分に合っていると感じているのですね。
良い質問を投げかけていただくと、自分の考えが明確になって、自分のことがもっとわかったりするのでありがたいです。
今のミニマイズな暮らしになる前に、失敗が2回
セミアの長〜い自己紹介を読んでくださった方ならご存知でしょうが、私は過去に自分の所持品のほとんどを断捨離するという大胆な体験を、2回しました。
でも、やり方が間違っていたために2回ともリバウンド。
゜(゜´Д`゜)゜。
どのくらいのモノを断捨離したのか!?どのくらいたってリバウンドがおこったのか!?などなど、おはずかしながら失敗談をシェアさせていただきます。
これからミニマリスト生活、モノが少ない暮らし、シンプリストを目指している方の参考になればと思います。
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1回目は1991年
結婚して海外に引っ越しをするタイミングで、所持品のほとんどを断捨離。独身だったので食器類はもともと無しです。
■洋服は2〜3着を残しほぼ全捨て
■本は料理本をのぞき全捨て
■文具や雑貨は全て断捨離
この頃、持っていた洋服は仕事用のスーツ類と、海で遊ぶ様のカジュアル服、この2種類のみ。
海岸のすぐ側で両親と暮らしていたのですが、アメリカ南部への引っ越しによりこの生活からは離れますので、ビーチ用のカジュアル服を全て手放しました。
また、海外引っ越しするため日本で就いていた仕事を退職したので仕事関係のモノもゼロに。そして、仕事で着ていたスーツやそれと一緒に着ていたブラウスなどは、全捨て。
海も大好き。仕事も大好きでした。
でも、一生そのまま海と共に暮らし、その時の仕事をし続けるつもりもなかったので『変わる!』ことを強く決意したから、洋服の大胆な断捨離を躊躇なくできたのだと思います。
この時、キープしたものは、
◉料理本
◉アルバムと写真
ロスやNYと違いアメリカ南部の田舎で美味しい日本食が食べたくなったら自分で作るしかないし、夫の仕事の関係でお客様もたくさんお迎えしなくてはならない状況だったので、料理本はすべてキープ。買い足しもしたくらいです。料理本はけっきょく大活躍して全ての本を使い倒しました。
アルバムと写真だけは、両親の家に置かせてもらってた唯一のモノ。(実家に置きっぱなしって、よくないですね)
こうして振り返ってみると、若さってスゴいな〜と思います(笑。こんなに大胆に所持品の断捨離ができたときがあったのね〜。
でも、この大胆な断捨離のやり方では、リバウンドして当然だったかもしれません。
本当の意味でモノを持たないシンプルな暮らしを持続してゆくには、持ってるものに愛着や必要性を感じ感謝しながら、という気持がないといけませんね。
やみくもに勢いで捨てても、スッキリは続かないです。
このセミアの失敗は、これから暮らしのシンプル化を考えている若い方には、ぜひ参考にしていただきたことです。
自分の家で使うモノたちは大切なモノ。この精神が欠けていては幸せにはなれないし、快適空間を維持するのは難しいと思うのです。
感謝の気持も持たずに所持品をズバッと切り捨ててしまう「だけ」の若造だったセミアの、失敗談その1でした。
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2回目は2001年
この時は、離婚して日本に一人で帰国したときのタイミングで、ほぼ全てのモノを断捨離&売りさばきました。
これから一人で自分の生活を支えてゆかなくてはならない!というシチュエーション。だからこの時は、けっこう無駄に気合いが入っていました(笑。
どちらかというと、左脳優位で計画性をもって暮らしを立て直してゆかなければならないと思っていましたね。
あとは「過去をすべて清算してスッキリしたい!新たなスタートをきりたい!」という想いがめちゃくちゃ強かったです。
いつも私を助けてくれるお友達が、全てのモノをオークションで売ってくれたので、そのお金で一人暮らし用の電化製品などなど購入。
私は10年間、日本から離れていたので情報には疎かったのですが「日本ではオバさんの就職が難しい」と聞いていたので、40代になっていた私は起業の道を選びました。
このときのモノの全捨ては、過去を切り捨てたいから、過去から持っていた所持品をズバッと切り捨てた形です。断捨離したのはこのような↓モノたちです。
*和食器のセット、洋食器セットの全て
*洋書、和書、教材、全て
*外国製の健康器具
*アクセサリー、宝石
*ブランド物の洋服ほとんど
*靴は3足を残し全捨て
*バック類
*旅行中に買った飾り物など
食器類はお客様が多かったのでセットで持っていたため全て売れました。
リモージュやロイヤルコペンハーゲンの洋食器セットは、日本のデパートで買うのと違ってアウトレットで安く買うことができますので、数種類持っていました。
これらも、もちろん全部断捨離!!お友達が売ってくれたおかげで全部手放せたのです。
外国製品だと、はきつぶした靴でさえ買ってくださる方がいるんですね。ありがたいことです。
このとき、残したモノは、
◉エッセンシャルオイル
◉天然のクリームやミスト
◉化粧品
◉ワンピース類
このときのモノの全捨ては、過去の清算の儀式のような意味合いもかねていたように思います。
売ってくれた友人にはとっても感謝していたけれど、モノに対して感謝の気持は持っていなかったかもしれません。
「生活を一新させたい!」「新しいスタートをきりたい!」という自分の気持ばかりが優勢して、どのモノと一緒に生きてゆきたいか!?どのモノを残したいか!?という見方はしていなかったです。
1991年の時と同じく、「切り捨てる」という気持から勢いで断捨離していたように思います。
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だからリバウンドするんだよ!
1991年と2001年に、モノの全捨てミニマイズ化を決行したものの、わずか2年あまりで持ちモノが増殖してきました。
特に、暮らしのシンプル化を目指してモノを全捨てしたわけではなかったから、当然の結果でしょう。
過去を切り捨て新たな人生を歩むためのモノの全捨てだった。
そこには、その後『どういうモノ達とどういう暮らしがしたいか?』という目標がまったくなかった!(>o<)
目標や先のビジョンが無い場合、ゆきつく先はただ一つ。
そこには『元通りになる』という終着駅が待っています。
by セミア
これが、人生の中で2度もモノのほぼ全捨てをしたにも関わらず、2度ともリバウンドした大きな理由です。
肝に銘じろ!ジブン!
こうして書いていると、いろいろ思い出します。。。
いやはや、昔の自分はヒドかったなぁ〜と、恥ずかしい気持でいっぱいです。
ヒトだけでなく、自分の周りの環境や所持品にも感謝の気持を持って、本当に大好きなモノや使うモノだけを大切に所持する。
そうすることで、自分の理想の暮らしが手に入る。
自分の家も、所持品も、みんなが応援してくれるような気がする。
このことがわかるまでに何十年かかったの!?
ジブン、情けないじゃん〜。
遅すぎるけど、これからはきっと大丈夫!
こんなワタシですが、
これからもよろしくおつきあいいただけたら嬉しいです。
m(。。)m
他の方の体験もとても参考になります!
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