紙写真のデータ化が、思わぬ所で役立って皆んなの心を潤した

 
セミア家にあった紙の写真は、すべてデジタル化され、データになった写真は、DVD2枚に集約されて、本棚に収納されています。

紙写真のミニマル化に伴い、暮らしのさらなるシンプル化に繋がったことは、とっても嬉しい事です。

さらに先月、「写真をデータに化してやっぱり正解だったかな」と、改めて思える様な出来事がありました。そのこと、シェアーさせてください。
 

 



写真が少なめだった家庭

 
先月、義父が他界しました。

コロナ禍でお見舞いすることもままならず、あっと言う間のお別れでした。パワフルで明るい義父だったので灯火が消えたような気持ちになりました。

こんな時期ですから、「密」を避けて葬儀は家族葬です。

駆けつけてくださった方々にお食事を振る舞う際に、義父との思い出を語り合うきっかけにもなりますので、懐かしい写真をスクリーン上に自動上映することになりました。

夫の実家は写真をあまり撮らない風習です。

親戚同士の仲がよく、いとこ達が小さかった頃は 親戚一同でスキーに行ったり、夏は海辺の別荘に集まったりしていた様ですが、写真自体は少なめです。

そんな訳で、義父の写真はデジタル時代になってからの近年に撮ったものしかありません。孫達を抱っこして ご満悦の義父の写真を数枚、義理の弟が準備してくれていました。

「お父さんの若い頃の写真とかも入れたかったなぁ」と義理の母や弟が呟いたのですが、実はその日、事もあろうに私は、スマホの中に義父の若い頃の写真を持っていたのです!!

「ほら、これ!こんな若いお義父さんです!」と、その昔の写真をみんなに見せました。

「え〜!?懐かしい!どうしてこんな写真もってたの?」と、静かなざわめきが起こりました。そして、私が持っていた写真数枚も、思い出の写真自動上映の中に含めることになりました。

葬儀に参列してくださった親類のみなさんは、懐かしそうに写真を見ながら昔話に花を咲かせていました。「お義父さんもよろこんでるわね」と、言っていただき、悲しみの最中で心が潤う思いでした。
 

 

私が夫の家族の昔の写真を、スマホの中に持っていた理由

 

 
なぜ、主人の家族でさえ持っていなかった、義父が若かりし頃の写真が、私のスマホに入っていたのか!?というと....

写真をデジタル化する際に、節目写真館さんに送ったダンボールの中に、夫の荷物から出てきた怪しい古い「ネガ」を数枚を入れておいたことが功を成したのです。

上のような周りに厚紙がついてる、大昔の大学教授がスライドを照射して見せる時に使ってた、あの「ネガ」です!!

夫の荷物の中から発掘されたネガ達は、暗くて小さくて、一体何が写っているのか、予想もつきませんでした。デジタル化された写真を見て、はじめて夫の幼少期のころの写真のネガだったことが発覚したのです。

生後数ヶ月の夫を抱っこした20代の若い義父と義母がうつった写真。その後、弟たちが生まれてから撮った家族写真、スキー旅行の写真、などがネガから生まれてきたのです。

デジタル化された写真はjpgになっていますので、義母や義弟に会った時に、見せてあげようと思って、たまたま携帯に保存しておいたのでした。
 

直感で捨てなかったモノ

 
実は、家の片付けをしている時に、夫の荷物から出てきたこの怪しいネガを見つけた時、「これなに?どうする?」と本人に聞いたんですよね。

そのとき夫は「そんなの知らない、捨てといて」と答えました。

ミニマリストであり、捨て魔のワタクシですから、ウホウホでゴミ箱にポイするのがいつものパターンですが、なぜだかその時、ゴミ箱に入れることが躊躇されて、自分の古い写真と一緒に収納しておいたのです。

直感を信じて、とっておいて本当によかった! まったくトキメキもしないモノをとっておくなんて、私にとっては本当に稀なこと。

このネガは、「断捨離しなくてよかった」と思えたモノの1つです。

トキメキも直感の一部ですが、トキメキとは違う種類の直感でしたね。
救われました。

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