
大切なことを一瞬で見極める心豊かなミニマリストをめざす、セミアです。
昨夜は、家族でNHKBSプレミアムのドラマ『わたしのウチにはなんにもない。』を見ました。
主人公のゆるりまいさんが「捨て」を迷っている時などに頭の中でなりひびく “心の声” には、いたく共感してしまいます。
昨夜のエピソード5は、「卒業アルバム」を捨てるか捨てないかの葛藤が物語になっていました。
「捨てるな!後悔するよ!」の学生服姿のまいさんと、「卒アルなんて今までで何回みたのよ?見てないのにあるだけなんてムダ!」と主張する、オバさんの姿をしたまいさんとの言い争い。
そして最後に出した決断は....?
はやり、『捨てのK点超え』をしました。これはまいさん特有の専門用語(?)のようなもので、捨てる決断に至りそれを越えた時、“たまらなく気持ち良い”ことを表しているのだとか。(その気持もすんごいわかります!)
そして、オバさん姿のまいさんが今のまいさんに言います。
『卒業アルバムを捨てるヘンタイなんて、あなたくらいよ』、と。
ピッケは、ドラマを見ながら「わ〜っ、びょーきだよ、びょーき」と愉快そうにつぶやきました。
ん〜。。。
これは困った。でも話そう。
「あのね、ワタシも卒業アルバム捨てちゃったよ。とっくの昔にね」
YOUの家族の中にも、ヘンタイが(笑。
卒業アルバム(卒アル)を“捨てのK点超え”で断捨離したのは、ゆるり家だけではなかったのでしたっ!
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卒業アルバムを断捨離したヘンタイ
過去記事にも書きましたが、私は「卒業アルバム」と名のついたものは全部捨てました。紙ゴミだったか!?普通ゴミだったか!?忘れたけど。
セミアの場合、「まず小学生時代の卒アルから捨てた」とか、そういった躊躇めいたことはいっさいありませんでしたね〜。
実際はこんな感じ!
ある日のある時、突然「そうだ!卒業アルバムを捨てよう!」という想いが舞い降りてきた。
「今でしょ」がやってきて、それで速攻で全捨てです。
どの時代のものも全て断捨離。
卒アル断捨離のきっかけ
私の場合、卒アルを断捨離するきっかけになったのは、イチロー選手や本田選手が子供の頃書いた卒業作文を読んだこと。
他には作家の林真理子さんの小学生のときの作文も!
ほんとうに素晴らしい文章でした。今でも情景が思い浮かんでくるような細かな描写。小学生(中学生)とは思えないくらい!
それらに比べて子供時代のセミアの作文のヒドさったら(@@)
詳しくは、関連記事↓へ♪
▶︎写真の断捨離は、卒業アルバムからはじめる
卒アルは記憶するためにとっておくもの
「そんなモノ捨てちゃって、どーすんのよ!」という反応をする人もいました。なんてことしでかしちゃったの!みたいな。
卒アルを年に1〜2回でも眺めていたら、名前忘れてしまうとかってこともないだろうし、同窓会の前に名前と顔の思い出しチェックとかできるし、というのです。老後のボケ防止にもなるとかなんとか。。。
その問題ならワタシの場合は、スルー!!
「記憶から消えてく人がいるとしても、それはそれでいい」、そう思うから。
私が小学校を卒業したのは、考えるのも恐ろしいほど遠い過去の話し。
けれども、何人かのクラスメートの名前や顔を覚えています。いくつかのエピソードや場面の映像も!
ただ、すっかり忘れ去っている人ももちろんいます。
そのような人達は、卒アルで名前と顔を確認したとしても、何一つ思い出すことはできません。
それだけ薄いインパクトと遠い人間関係しかなかったということです。
だから、忘れてもまったく問題はありません。無理して覚える必要性なんてまったくナシだと思うのです。
(関連記事)
▶︎写真の断捨離してしまいました!家族もアッと驚いたアノ写真まで!
名前と顔を思い出せない人に会っちゃったら
例えばもし65歳になったとき同窓会があって出席し、顔もわからないし、名前もまったく思い出せない人に会ったとします。
卒アルを持ってきてる人のところにいって、速攻で調べて「ちょっとだけ覚えてるよ」って雰囲気でその場をやり過ごす。これもできます。
けれども、私ならそんなこともしないと思います。
もし相手と対面して「あ、このヒト好きだな」って思ったら、そのときにまた出逢えばいいと思う。
ようするに、「昔のことはいっさい忘れちゃったけど、これから仲良くしてネ!よろしくお願いします♪」って、お友達になりたいな〜って。
逆に「ワタシだよ!覚えてない?」「オレだよ!オレ!」とか言われても思い出せない。しかもそんなに「好きだな」とは感じない。
もしそんな相手ならば、わざわざそこで名前を覚えたりもしないし、改めてお友達になったりもしない。
卒業アルバムを全捨てした者として、人間関係についてこんなふうに考えておりました。
写真の片付けで悩んでいる方へ
多くの人々が、写真の整理で頭を悩ませておられるようです。
写真のみならず卒業アルバムの処分についても。
「それ捨てるなんてありえないでしょ」という思い込みや洗脳が入ってるはず。また、知ってるヒトばかりが掲載されたものを無下に捨てることで罪悪感にみまわれる。
でも実は、フツーの写真の断捨離よりも卒アルの断捨離の方がずっと敷居が低い。そう思っています。
セミアは卒アルの断捨離/全捨てを、おすすめします。
おそらく私と同じように、捨ててもまったく問題ないのでは?
スッキリした気分で身も心も軽くなりますよ〜。
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