TVでミニマリスト特集が放映された同じ日に、ゴミ屋敷の法令が変わり強制的にゴミの撤去が行われた、というニュースを見ました。
2通りの究極な暮らしをしている人たちに関わる話題ですね。
昨日放映された、「白熱ライブ・ビビット」のミニマリスト特集のコーナーで、実際のミニマリストさんたちのお宅のVTRを見たあと、お笑いコンビ・オリエンタルラジオの中田さんが、おもしろい事を言っていました。
「全く捨てたくないのがゴミ屋敷の人。
全部捨てたいのがミニマリスト。
似た変態だと思う。
僕は変態なんで気持ちはわかる」
なるほど、確かに!
そういえば、中田さんもミニマリストなんですって。
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周囲に迷惑がかかる“究極”はだめ
極めるのは本人の意思。でも、それがもし人様に迷惑を及ぼす場合は話しが違ってきます。
みんなに迷惑をかける行為をしている場合は、日本国憲法第13条の「人権の尊重」も守られません。
先週京都で、ごみ屋敷条例に基づく行政代執行が、日本ではじめて実行されたそうです。
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この細い私道をふさいでいる大量のごみを、市の職員が強制撤去。300袋以上のゴミが運び出されたそうです。
奥に住んでいる車いすのおばあちゃんも通れず、その他の住民も危険を犯しながらここを通っていたのだとか。
強制撤去されるまでの経緯を示したこの↑表をみると、住民の方が何年間も我慢を強いられていたのだなーということがわかります。
行政機関による撤去命令などに応じないゴミ屋敷の住人たちに代わって、それらのものを行政機関が強制的に撤去する場合でも、かかった費用はゴミ屋敷の住民に支払い義務があるそうです。
この富山の方のケースでは、実費15万円だということでした。
「撤去代が出せない」というのも、ゴミ撤去に協力してもらえない理由の一例です。
そこで、富山ではゴミ屋敷の片付けのボランティアを募ったそうです。
40名ものボランティアが集まり、重機も地元企業が無料で貸してくれたそうです。
このような、人々の気持ちがゴミ屋敷住民の心を少しでも救ってあげていたらよいですね。
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みんなで頑張って、10トンものゴミを撤収したのだけど、やはり途中には家主さんの抵抗があった。
それを、息子さんがなんとかたしなめて処分に至ったようです。
どのように抵抗していたかというと、「これらは粗大ゴミに出そう」と誰かが言ったら、「これはゴミではなく、価値のある商品だ!」と返したというのです。
このセリフ言い回しは違うけど、モノを捨てられない一般の人も言いますよね。
もちろん、私もそう言って(思って)いました。自分に言い訳するためです。
10トンもの価値ある商品があるのだったら、なぜすぐに現金に変えないのでしょうか。
私たち人間は、ときどき意味の無い行動をしてしまいますね。
私も、サイズが小さくなって着れない昔お気に入りだった洋服を、「きっと来年は着れるだろう」と言いながら、ずっととっていたこともあったのだから、この家主さんのことは批判できる立場ではありません。
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ちょうどイイ位置をみつけたい
『ミニマリスト』と、『ゴミ屋敷住人』は、同じ線上の極と極。
だから、どちらも互いを内包しているとも言える。。。
ゴミ屋敷住人さんと同じように「捨てられない理由」を探してかたくなだった時もあった。
今は、もらったものはすぐ使いすぐ断捨離してしまう、持たない暮らしの人。
心豊かに過ごせる暮らしは、どちら’の「極」にいるときでも無いんじゃないかな?と思える。
振り切らない程度に、自分にとってほどほどの位置ここち良い位置を見つけてゆくのが人生なのかな〜。
ミニマリスト特集でガラーンとした何もない部屋を見たり、ゴミ屋敷強制撤去の特集で10トンものゴミがある家を見たり、両方同日に見たから、なんだか感慨深かったなぁ。
皆様は、どちらの「極」よりに心地よさを感じますか!?
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